あれこれあれこれ 2
当時はサーカスはおろか、西洋の見世物自体初めてのことですから、はるばる江戸から見物人が押しかけたといいます。
このときの模様を描写した錦絵が残っていますが、どこの国の何というサーカス団なのかは、記録されていません。
おそらく横浜開港を聞きつけたあるサーカス団が、アジア巡業の途中、立ち寄ったらしいということです。
しかし、せっかくの日本興行は、横浜だけの開演だったために、赤字に終わったとか。
それにしても初めて外国のサーカスをみた江戸時代の人たちの驚きは、いかばかりだったでしょう。
このとき初めて鉄棒の大車輪をみた日本人が、そのさまを「そのはやきことロクロにも及ばず、更に人間業とは見えざりき」と記しているのをみても、その感動のようすがうかがえます。