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      <title>ぱすたん</title>
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      <description>美味しいパスタがだーいすき！</description>
      <language>ja</language>
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         <title>危険な時間帯</title>
         <description>バッグ類にしても同じで、座席に置きっ放しにしたままトイレに行ったり、足元に置いたまま食事をしたり、スキだらけだ。


足元に置くバッグ類は、足ではさむかバッグのひもを足にからませて、そっと持っていかれそうになったらわかるようにしておくことです。


メニューをながめて、食事を決めるまでというのも危険な時間帯です。


かつて香港で私がいっしょに食事をした人が、まんまとこの手口でやちれた。


どうやら街を歩いているときから目をつけられ、レストランに入ったら、すぐ背中合わせの席をとり、一、二分のあいだに盗んで、気がついたら後ろの席には誰もいなかったというのが事の経過。


二人、三人の場合でも油断は大敵。


「見ていてあげるから、トイレに行ってきたら?」の類で、お出かけになると、残った二人がおしゃべりに花を咲かせて注意力が分散。


気がついたら全員のバッグが消えていたということもあります。


一人ひとりが安全を意識しておくことです。
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         <pubDate>Mon, 12 Dec 2011 13:02:52 +0900</pubDate>
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         <title>バッグを盗るのは数秒たらず</title>
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犬も歩けば棒に当たる、人も歩けば腹が減る。


カフェーにしろレストランにしろ、足を踏み入れれば、やはり日本人というのは目立つ存在。


したがって犯罪者にとっては、「よっ!おいしそうなものが飛び込んできたわい」と舌なめずりをすることになります。


物の本を読めばそうだし、まわりの人を見ていると、カフェーやレストランでは、コート掛けがあってみんなコートを脱いで、それに掛けています。


しからば私もと「郷に入れば、郷にしたがえ」の精神を発揮したまではよかったが、違うのはコートなり、上着なりの内ポケットに金目のものを入れているのが日本人。


レストランを出て、しばらくたって買い物をしようと、ポケットに手を入れて初めて盗難に気づくということになります。


あわててレストランへもどって、抗議をしても後の祭り。

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         <pubDate>Thu, 10 Nov 2011 13:02:36 +0900</pubDate>
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         <title>ドうイバーとお酒</title>
         <description><![CDATA[
ドライバーとしての上手な酒とのつきあい方というようなものはあるのでしょうか。


これは、どうすれば少しでも早く体内からアルコールを排出するような飲み方ができるか、と言い換えてもいいかもしれません。


前項で触れた「血中アルコール濃度曲線」は、体調や体質、あるいは飲み方によって異なってきます。


たとえば、<a href="http://www.menkyo-pts.jp/" target="_blank">合宿免許</a>の教習所で運転の練習をしている人の空腹時と満腹時では、明らかに違う。


すなわち、胃の中がからっぽのときに酒が入ると、血液中のアルコール濃度は急速に上昇し30～60分程度で最大値を迎え、その後は徐々に低下していく。


一方、酒を飲む前に食べ物を食べていると、血液中のアルコール濃度はそれほど上がらず、体内から排出されるのも早い。


したがって、早く体内からアルコールをなくしたいのならば、飲む前に食べておくということも一つの方法だが、あまり酔わないからと量を飲み過ぎれば元も子もないし、第一酒があまりうまくはないと思います。

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         <pubDate>Sat, 05 Nov 2011 13:24:59 +0900</pubDate>
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         <title>あれこれあれこれ　５</title>
         <description>あかちゃんパンダの歯が生えてくるのは生後２～３か月だそうです。


お母さんから離れて歩きはじめるのは生後半年で、この頃はすっかりパンダらしくなり、体重も約１３キロぐらいになります。


離乳食を食べはじめる幼児期といっていいでしょう。


こうなると、パンダのお母さんもやっと子育ての重責から解放されます。


生後４年ぐらいになると、もうりっぱな大人になります。


お母さんパンダと変わらない大きさになるそうです。


やはり、人間よりも成長が早いですよね。動物って(*´ω｀)

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         <pubDate>Sun, 02 Oct 2011 17:10:02 +0900</pubDate>
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         <title>金属研究者の共有財産</title>
         <description><![CDATA[
ソルビーの顕微鏡はパーライトをはっきりとらえています。


パーライトがどうして形成されるのか、それこそ鋼の凝固のさいに発現する驚異の現象の一つであるが、その追求が今や口程にのぼってきました。


ソルビーはこの研究を翌1886年の鉄鋼協会総会で「鋼の顕微鏡組織研究にたいする高倍率顕微鏡の適用」と題して発表し、その年の『ジャーナル』に掲載することができました。


こうして翌年前述の1887年の論文とともにソルビーの<a href="http://www.naldic.co.jp/" target="_blank">ロートアイアン</a>研究全容が、全世界の金属研究者の共有財産となったのです。



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         <link>http://shokt.com/2011/09/post_51.html</link>
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         <pubDate>Mon, 12 Sep 2011 18:36:33 +0900</pubDate>
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         <title>あれこれあれこれ　４</title>
         <description>お母さんパンダの子育ては、並たいていの苦労ではありません。


寝食を忘れて子育てに没頭しなければ、未熟児の赤ちゃんはすぐ死んでしまいます。


竹とササを組み合わせた巣のなかで、パンダ座りで赤ちゃんの体を冷やさないように抱きつづけ、体の乾燥を防ぐためにしょっちゅうペロペロなめています。


赤ちゃんも１日十数回お乳を飲むので、乳首に吸いつきっぱなし。


生後一か月になると、まだ目は半開きで歯も生えていませんが、体重は生まれた直後の１０倍、つまり約１キロになり、白黒もはっきりしてきます。

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         <pubDate>Fri, 02 Sep 2011 17:09:45 +0900</pubDate>
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         <title>あれこれあれこれ　３</title>
         <description>パンダ子育て奮闘気について。


上野動物園では、パンダのお母さんホアンホアンが、一生懸命子育て中。


パンダは１００キロ以上もある大きな体をしながら、受精卵が子宮に着床してから、たった１か月で出産します。


したがって、生まれたばかりの赤ちゃんは、体重１２０～１４０グラム、体長１０～１５センチで、親の１０００～１５００分の１ぐらいしかありません。


パンダと親せきのクマも未熟児(ヒグマの赤ちゃんは４５０～５００グラム)を生みますが、それよりもっと小さい赤ちゃんなのです。
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         <pubDate>Tue, 02 Aug 2011 17:09:07 +0900</pubDate>
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         <title>あれこれあれこれ　２</title>
         <description>当時はサーカスはおろか、西洋の見世物自体初めてのことですから、はるばる江戸から見物人が押しかけたといいます。


このときの模様を描写した錦絵が残っていますが、どこの国の何というサーカス団なのかは、記録されていません。


おそらく横浜開港を聞きつけたあるサーカス団が、アジア巡業の途中、立ち寄ったらしいということです。


しかし、せっかくの日本興行は、横浜だけの開演だったために、赤字に終わったとか。


それにしても初めて外国のサーカスをみた江戸時代の人たちの驚きは、いかばかりだったでしょう。


このとき初めて鉄棒の大車輪をみた日本人が、そのさまを「そのはやきことロクロにも及ばず、更に人間業とは見えざりき」と記しているのをみても、その感動のようすがうかがえます。


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         <link>http://shokt.com/2011/07/post_39.html</link>
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         <pubDate>Sat, 02 Jul 2011 17:08:56 +0900</pubDate>
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         <title>あれこれあれこれ　１</title>
         <description>日本でサーカスの興行が行われるようになったのは、江戸時代のことでした。


もちろん、それ以前にも、軽業、曲馬、曲独楽、足芸など、個々の見世物は盛んに行われていたのですが、サーカスのように、さまざまな曲芸を集めて大々的に興行したのは、江戸も幕末になってからのことです勉安政元年(一八五四)には、大阪の難波新地で、軽業、女綱渡り、曲独楽、曲手鞠、力持ち、の各一座が、合同興行を開催したとの記録が残っています。


文久２年(１８６２)には、早竹虎吉一廠が、浅草奥山で興行していますが、このときのレパートリーは、猿回しあり、乱杭渡りあり、びょうぶの上で鼓弓を弾く業ありと、バラエティに富んだプログラムになっています。


しかし驚くべきことは、それからたった２年後の元治元年(１８６４)に、西洋の本格的なサーカス団が、横浜に興行にやってきているということでしょう。</description>
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         <pubDate>Thu, 02 Jun 2011 17:08:31 +0900</pubDate>
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         <title>十種の神宝</title>
         <description><![CDATA[鏡は姿を写しだしてその繁栄をもたらすものであり、剣は魔を調伏するもの、玉は魂を安定させる生命力の根源ともいえるものです。


さらに比礼というのは古代の女性が肩にかけた薄い布で、とりわけ高貴な女性が使った比礼を振ると災いを祓う呪力が発揮されると信もし病におかされて痛むところがあれば、この十種の神宝を振れと伝えられています。


そうすれば死者をも蘇らせる霊力を発揮するというのです。


十種の神宝は、災いを祓い、繁栄をもたらし、魂を安定させて健康を保つ。


さらには死者をも蘇らせるといいます。


そして、占いですが、一般的な普通の<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話の占いサービス</a>がいいらしいですよ。


]]></description>
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         <pubDate>Thu, 02 Jun 2011 11:59:34 +0900</pubDate>
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         <title>人気があったテレビ　５</title>
         <description>ＸＸＸＸＸ「シルクロード」ＸＸＸＸＸ

菊池春夫チーフカメラマンは「5・9ミリ、10ミリ、16ミリと12ミリー120ミリ、10ミリー150ミリ、15ミリ―300ミリなどのズーム、100ミリー500ミリの望遠のズーム、300ミリ、500ミリ、1000ミリと、レンズだけでも10種以上、それらのレンズを使い分けました。


1000ミリだと夕日のなかにラクダが入ってくるシルエットまで撮れてしまう」と語っており、あらゆる撮影技術を駆使する。


斉藤秀夫カメラマンは「ソビエトでは『撮影申請許可書』に届けてないと、偶然見つけた素晴らしい素材も撮影できない。


そこをなんとか取材するのに非常に苦しんだ」と、楽屋裏のエピソードを打ち明けてくれました。


これらの苦労があの素晴らしい画面となって現れているのでしょう。
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         <pubDate>Tue, 10 May 2011 12:55:10 +0900</pubDate>
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         <title>人気があったテレビ　４</title>
         <description>ＸＸＸＸＸ「シルクロード」ＸＸＸＸＸ

中国からローマへの道は、三つあるようだが、その一つをやっと通ることができたと、鈴木氏は出発早々から難題に直面した事例を語りました。


「ソビエト領中央アジアからコーカサス・トルコの&quot;草原ルート&quot;は、40キロずつある中ソ国境緩衝地帯には外国人が入れないのでダメ。


アフガニスタンへ行く&quot;砂漠ルート&quot;は2年くらい前から交渉してきたが回答が無し。


中国からパキスタン、ガンダーラからインドに至る&quot;カラコルム・ハイウエー&quot;だけがわずかに通れるルートだった」政府との交渉は煩雑を極め、1目8時間労働とすると6時間までは交渉に使われてしまい、撮影は2時間くらいしかできないという状態。


第2部の走行距離は20万キロ(地球5周分)で、取材延べ日数は600日、シルクロード自動車横断は50年ぶりの壮挙になったといいます。
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         <pubDate>Fri, 15 Apr 2011 12:54:59 +0900</pubDate>
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         <title>人気があったテレビ　３</title>
         <description>ＸＸＸＸＸ「シルクロード」ＸＸＸＸＸ

「撮影する拠点に飛行機で行き、その周辺だけを取材するのだったら、別にたいしたことではないが、&quot;地上をともかく歩いてみよう&quot;と自分に枷(かせ)をかけてしまったものだから、おおごとになってしまった。無論ローマまでは歩けないので、車ではあるが、座った高さを150センチにして、歩いたときと目の高さを同じにした。重要なところはラクダや馬やヤクを使ったりして古代人の旅の方法をまね、歴史を実感として体験できるようにした」

と当時、鈴木ディレクターは語っていたそうです。


歴史紀行番組の原点に戻った番組にしようとしており、「東方見聞録」の20世紀版を作ってみようと意図したといいます。


しかし国境を越え14か国を取材する第2部には新しい困難が待ち受けていました。
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         <pubDate>Mon, 14 Mar 2011 12:54:49 +0900</pubDate>
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         <title>人気があったテレビ　２</title>
         <description>ＸＸＸＸＸ「シルクロード」ＸＸＸＸＸ

古代の都・長安から黄河を越え、敦煙の仏たちをもうで、タクラマカンの大砂漠を横断し、パミールにたどりつくまでに1年半の歳月を要し、NHKは中国中央電視台と共同取材しました。


多くの視聴者から好評を得たばかりか、菊池寛賞、テレビ大賞、芸術祭奨励賞などをもらい、音楽担当の喜多郎は「広漠とした大自然の中に眠る永遠の時間を発掘し、新しくめい想的なサウンドの世界を創造した」とギャラクシー選奨を受けました。


また石坂浩二はこのナレーションでナレーターとしての地位を高めたのです。

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         <pubDate>Thu, 17 Feb 2011 12:54:38 +0900</pubDate>
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         <title>人気があったテレビ　１</title>
         <description>「シルクロード」第2部は、58年4月4日から放送されました。


55年4月7目から56年3月までの第1部12集と合わせると、50分番組が計30集となる。


総放送時間は25時間であるが、取材したフイルムはその20倍くらいの500時間はあるはず、とすると撮影したフイルムは約100万ブイート。


気が遠くなるような膨大な尺数は、直線距離にして地球の3分の1周に及ぶ。


極めて困難なコースをたどりながら撮ったのだから、その労苦はいかばかりか、察するに余りある。


第1部は、中国の古都・長安(現西安)から西方にひたすら5万キロの旅を続けたが、この中国編では最大の秘境である中国新彊ウイグル自治区の全容を記録しました。
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         <pubDate>Mon, 17 Jan 2011 12:54:20 +0900</pubDate>
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